カテゴリ:制作に関して/雑感( 20 )
葛の糸の斑、色の違い
 私の織る葛の布の途中には、色の違うところがあります。写真、分かるでしょうか。
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 ちょっと黒っぽく斑点または点のようになっている、または、少し色味の違う部分がある。これは葛の発酵の仕方と洗いの状態によってそうなってしまう場合もあるのですが、虫が葛の茎からエキスを吸った跡の場合もありますし、元々の葛の繊維の色の違いの場合もあります。目立つ部分は切り落とし使わないようにしていますが、ただ、見た目に悪いからといって簡単に切り捨てるのも痛ましく、機能的に劣りさえしなければ、出来るだけ使ってやりたいとも思います。例えば、帯なら、表に出ない部分に。または、木枠の機の小さな布に。
 ダメだから捨てる、ではなく、ダメにしない。
 しかしそれは蔓を選び繊維を取り出す段から始まっていて、そういう繊維になったのは私の責任でもあるのですが、それは次への課題とし、出来てしまったものはダメだからと簡単に捨てず最後まで使ってやりたいと思います。

 以前にも書いたことがありますが(「色について」)、素材も色も、あらかじめこちらの意図したものをどうにかして出そうと考えるのではなく、出来たもの、出たものを、活かしたいと考えています。限りあるものの中で最大の努力をする、それが素材にも自分にも無理がなく、結果、使う人にとってもきっと心地の良いものになるのではないかと思います。

 しかし、まぁ、こういう、意図的に意図しない、みたいなのが好きというだけのことかもしれません。

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by watanabeshino | 2016-03-08 11:02 | 制作に関して/雑感 | Comments(0)
木枠機、腰機、糸だけの織り装置
『時を織り込む人々』という本がある。
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出版年は2001年。
博多織の源流を辿ろうと中国の苗(ミャオ)族の織物を、15年に渡って現地に何度も通い研究した鳥丸貞恵さんという方の本。当時札幌芸術の森で、現代アート作家や(確か)陶芸家、(現在私の先生である)織りのみやはらみゆきさん、鳥丸さんの講演があり、まる2日間かけての鳥丸さんの、苧麻の糸取り〜糸作り〜苗族の織りの、実習講座もあって、私は抽選に漏れたにもかかわらず当日直接かけあい無理やり鳥丸さんの許可を得て参加させてもらった。本はもちろんその時に買ったもので、苗族の編み、織りについて詳細な紹介がされている。写真のように大きな装置を使っているものから、糸と自分の体だけで織っているようなものまであるのだが、経浮き織りを軸にした細かな模様が大変美しく、信じられないくらいに簡単な装置で、なんとこれだけのものが織れるのかと衝撃を受けた。なんというか、この時の講座の体験とこの本で読み知った体験とが、私の織りの、もしかすると原体験、原風景、と言ってもいいのかもしれないと、今更になって、思っている。

以後、数年にわたって私は木枠の織り機や腰機を自作して、または、鳥丸さんの講座で習った糸だけで織る方法で、自分で取った葛の糸で葛布を織ろうと試みた。経糸に自分で績んだ苧麻の糸や、譲ってもらった大麻の糸を使って、葛布を織ってみたりもした。写真の木枠はその時に自分で作ったもので、今は緯絣の勉強中で織りかけ。

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その後、とうとう京都西陣の機織り機を取り寄せた訳なのだが、高機と、腰機と、木枠機と、糸だけの機と、私の心の中には今もどれもが並列に並んでいる。当たり前だが中で最も高価な高機が道具として一番優れているという訳では全然なく、腰機には腰機にしかない機能があり、糸だけの機にも糸だけの機にしかない特徴があり。腰機でないと織ることのできない布があり、高機でないと織ることができないものがあり、木枠の機でないと使えない素材があり。

「木枠の機の小さな葛の布づくり」の講座を開いているのも、そんなこんなの経緯があってのことです。

それにしても鳥丸さんの講座は短い中にたくさんのことを学べる素晴らしい講座だったが、その分とても過酷で、私は1日目の夜、寝ないで苧麻の糸績みと撚りかけを頑張った。翌日まだ終わっていないなんて言おうものなら廊下に立たされるんじゃないかというくらいの勢いのある方だった。その時に、苧麻の根をもらい庭に植えてみたが、冬の間に死んでしまった。苧麻は北海道では満足に生きられない、ならばその糸も布も、恐らくは北海道の暮らしには不向きなのだと思った。

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by watanabeshino | 2016-02-22 13:36 | 制作に関して/雑感 | Comments(0)
生成りが生成りだけの時よりも
私は色々の色が好きですが、植物の糸や素材は生成りがやはり美しく、生成りの色合いとその色の醸し出す雰囲気は、どんな色も敵わないと思っています。

ですから、布を織る時、生成りが生成りだけの時よりも生き生きとなるように、と考えながら色を入れる、という事を心掛けています。
まぁ…まだ自己満足の域かもしれませんので、あまり偉そうな事も言えません。心掛けです。

帯の場合、体側、着物に直接あたる部分は前に来る所に少し色を置く以外はほぼ生成りにしています。それは着物への色移りの心配を極力無くすという点からなのですが、充分な余白=「間」ともなり、生成り独特の、自然な色の移ろいが美しくもあります。

全てが柄で埋まっているのも良いですが、私はどちらかというと「間」が充分にあるものの方が、ホッとするし、落ち着きます。

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by watanabeshino | 2016-01-20 14:25 | 制作に関して/雑感 | Comments(0)
建物は曲尺 一尺=30.303センチメートル
反物は鯨尺 一尺=37.879センチメートル

これは鯨尺
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筬は竹筬
一寸間60羽
糸が太めなのでちょっとギリギリ。

鯨尺のモノサシは和裁の大先生 故 村林益子さんから直接購入したもの。拙い私からの問い合わせに、ご本人が、わざわざお電話を下さった。分け隔てなく対応してくださる様子に感銘を受けた。

道具と、それから尺という単位を大事にしたい。
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by watanabeshino | 2016-01-08 19:31 | 制作に関して/雑感 | Comments(0)
北海道に暮らす青
私は多分形より色にどうも傾倒するようで、組織織りにいかず平織りで色の組み合わせを試すべく糸を染めるようになったのはそういう訳なのだろうと思います。

そうして、色だけに「色々」やってきて、どうも北海道に暮らす人々は青が好きなのだなぁと最近感じています。北海道には比較的古くから根付いている藍染めがあるからか、しかしそれを知ると知らずとに関わらず、どうも、藍の色が、心地良く優しく入っていくようです。

ですが、それはいわゆる日本的な藍染の色ではなく、ちょっと灰がかった青とか、薄い青とか、たとえばこんな感じの色(写真)。藍染でも、いわゆる「藍染」の濃い色より、うっすら青い色の方が、好きという方が多いようです。

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この色、雪かもしれないと思います。
雪の色は、光の量や水分の含有量によって、灰〜水色に変わる。それから、どんより鉛色の雪雲と春が近い真っ青な空。吹雪の時の目の前の真っ白と、その向こう奥深くにある灰色の青。それらのグラデーションが、きっと心の奥深くにどっしりと根を張っているのではないか。

そういうのこそが、伝統と言えるのかもしれません。思えば、暑い地域の染めや織りの衣服は、それはもちろん素晴らしいものではありますが、そのまま北海道に持ってきても、あまり映えない。どこか浮いてしまったり、何だか馴染まないなぁと、違和感が残る。やはり土地のものは、その土地で、活き映えるのだと思います。

写真は木枠の織り機による栞です。
染めは伊達の蒅、灰汁建てによる。白い部分は葛の生成。

もちろん私も漏れずこの雪の青が大好きです。

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by watanabeshino | 2015-11-09 15:01 | 制作に関して/雑感 | Comments(0)
葛の小さな栞
木枠の機で葛の小さな栞を一日一本を目標に織っています。仕上げまで含めて2時間かかってしまうのでもう少しスピードを上げたいところですが、やっているうちに色々試したくなって、余計な事をするのでますます時間がかかります。

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しかしこの栞、大変具合が良いです。
帯を織るための試し織りになるばかりでなく、帯を織った時に出る、どうしようもない半端な糸と、葛の糸を作る時に出る、糸にできない葛の繊維を、ほぼ全て使い切る事が出来るのです。要するに、織物をしている過程で捨てる部分をほとんど出さずに、ほぼ全てを活用出来るのです。

例えばこんな半端な糸や繊維。
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「残り物には福がある」という言葉がありますが、どうもその元々の意味は、「半端に残ったものの活用を知恵を出して考えた結果、思いもよらぬ良いものが出来る」というような事だったのではないかと、近頃思います。思えば、今や逆に高価にすらなっている、絹糸のキビソ糸やビス糸、紬や刺し子なども廃品利用の知恵の結果です。パッチワークやポジャギもきっとそうですね。

とにかく、ものを作る過程で、なるべく捨てるものは出したくないと思っています。勿体無い、地球環境への配慮、といったことより以前に、それが出来るまでの過程や、自分か他人かを問わずその労力を思うと、使えないからと簡単には捨てられないのです。

使っている木枠の織り機です。
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by watanabeshino | 2015-10-27 11:51 | 制作に関して/雑感 | Comments(0)
川を想う
積丹半島某所で川に寄ってきました。これまて見た事のない、信じがたい程に綺麗な川でした。

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 まるで陸のように石が鮮明に見えます。ここは水の流れがあまりないところなのですが、それでも淀まず。

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 こんなところで葛を洗ってみたいなぁと思いました。いや、葛を洗うのですら憚られる気さえしました。



 ここ数年、葛を洗いに行っている札幌市内の川も、ここまでとはいきませんが、数年前は今よりもずっと流れが澄んでいて小魚が群れているのがいつも見えていました。それが最近では水は濁り、藻がびっしりと生え、魚も見えなくなりました。それに、たまに変な臭いもするようになりました。

 先日、いつものように葛を洗っていると一人の女性が声をかけてくださいました。聞くと古くからこの川をご存知のようだったので、以前はもっと綺麗な川で魚もたくさんいたと思うのですが、と言ってみると、上流でゴルフのレジャーランドができるにあたって除草剤を大量に使っていた時期に、川はみるみる濁り魚もいなくなってしまったのだと、おっしゃっていました。今ではゴルフランドもないので、除草剤の影響はないが、道路工事が始まっており、その影響で濁っているのではないかということでした。これだけの人口の札幌市ですから、ある程度は仕方がないにしても、もうこれ以上川が汚れないで欲しいなあと思います。

 川の水質が人間の活動の多くの部分を反映しているのだということを改めて考えます。近く、北海道新幹線が山の中を走ります。恐らくは水脈が変わり、この川だってもしかしたら涸れてしまうかもしれません。川を利用している一人として、川の様子にもっともっと敏感になって、自らの活動を顧み、日本中の川が綺麗になっていくことを願って止みません。
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by watanabeshino | 2015-08-16 14:31 | 制作に関して/雑感 | Comments(6)
藍・灰汁発酵建て
藍染めの講習を受けている。札幌市北区の、何と区民センターの敷地内にある藍染工房で。教えてくれるのは篠路天然藍染振興会のみなさん。灰汁発酵建てによる藍染めをこんなに近所で習うことができるなんて何てラッキーな。しかも、建て方だけかと思っていたら、板締め、絞り、ろうけつ、型染め、といった一通りの染め方も教わることができる。全10回。やっぱり、どんなに資料を読みあさったって、我流でやるのとは大違い。昨年私がえらく時間をかけてやっと出した「消えない泡」が、講習2回目・藍の仕込みの第一段階の今日ですでにタップリしっかり出ていたから驚いた。熟練した方たちがこんなに身近にいらっしゃったとは、なんとも素晴らしいことです。しかし建物老朽化により取り壊しだけが決まっていて、藍染工房の行き先は決まっていないのだそう。そういうことにはお金でも場所でも建物でもいいので提供してください札幌市(北区?)。藍は北海道とも札幌市とも大変所縁のある植物です。
 北海道の、新しい染織文化の礎が各地に散らばっていると感じる昨今、移動さえクリアできれば、北海道を出ずとも染織に関する一通りの技術を学ぶことは既に可能なのかもしれない。


 写真は型染め用に切った型紙。招き猫と打出の小槌。商売繁盛!楽しみだ。

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by watanabeshino | 2015-06-05 15:50 | 制作に関して/雑感 | Comments(0)
当たり前に
手作業、自然素材、地元産、などという事に、必要以上にドラマや意味を求めるのは好きではありません。それらに特別な感情や意味を持たせたい背景にはそれらが既に当たり前のものでは無くなってしまっているという現実が見えるからなのかもしれません。もっと当たり前に考えている。当たり前だから、あえて言う必要もないだろう、と思いたいけど、こんな事を書いている時点でもはや私の中でも当たり前ではないのかもしれない。
 自分の身の回りのもので完結する、最初から最後までこの目で見て確かめる事ができるのが私は好きだからこういうことを多分自然とやるようになったわけで、だから、同じように身近な物で身近なものを生産している人達を私は応援したくて、なるべくそういうものを買ったり使ったりしている訳で、そこにはやはりそれ以上の特別な感情はないのです。

 ちょっと話がズレますが、ですから、手作業だからいいでしょう、自然素材だからいいでしょう、草木で染めているんだからいいでしょう、とはなりません。機械で手作業のものよりも素晴らしいものができるならそちらを選ぶし、自然素材じゃなくても機能的で素晴らしいものがあるなら断然それを選びます。自然のもの=良いもの、という自動的な思考は変だと思います。大量消費を狙った大量生産によるコストダウン、みたいな生産の流れはそろそろもう終わりにしたらいいと思うけれど、最新の技術だからできることと手作業でなければできないこと、最新の素材の特長と自然素材の特長。結局は人の好き好きと用途の問題ですから、うまく使い分ければいい。

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by watanabeshino | 2015-04-19 11:58 | 制作に関して/雑感 | Comments(0)
色について
色が好きです。植物による染めをやっているのもきっとその色味が好きだからだと思います。しかしその根底にあるのは、「出た色を活かす」であって、「出したい色を出す」ではないということを、常々考えています。いえ、その前に、その色味が好きだからと植物による染めにこだわっている点では「出したい色を出す」でもあるのかもしれません。しかしそもそも植物相手に自分の出したい色を出そうと思うのが随分とおこがましいというか、それはそもそも無理だろう、植物や糸に対しても随分と無理がかかってしまうだろう、と思うのです。植物から色を取り出す、その過程に妥協せずに出た色ならば、私はそれこそが素晴らしいと思うのです。そうして、そのような過程を踏んで出た色を、最大限に活かす。そのための努力を怠らない。

 ところで、私は、「出したい色にこだわって出す」ことと「出た色を生かすことにこだわる」ことの優劣とか正誤などを問うている訳ではありません。自分が何を根拠に何を選択して何をやっているか、自分で分かっているかどうかということです。「自分の納得に妥協しないでものづくりをする」という点にこだわることさえ放棄しないならば、全て結局は同じことだと思います。

「キナ(kina/草)」 角帯地
緯:葛  経:絹生糸
染:ふきのとう、蓬、玉葱皮

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by watanabeshino | 2015-04-03 10:28 | 制作に関して/雑感 | Comments(0)



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